どうも、2児の母ちゃちゃこです。
今では、ブログでもリアルでも「育児はしんどい。大変。」と大きな声で愚痴を言えるようになりました。
しかし、長女を育てていた赤ちゃん期は、少しでも愚痴をいってしまうと、張り詰めていた糸がぷちっと切れてしまいそうで、素直に愚痴をいうことができませんでした。
愚痴を言って、自分の頭にはっきりと「育児は大変」と認識させてしまうと、育児放棄しそうなくらい追い詰められていたからです。
目次
授かった子供だから愚痴を言ってはいけない?
娘は本当に寝ない子でした。
寝ても30分くらいで起きるし、置くと起きるので抱っこかおんぶが当たり前でした。
夜も30分おきくらいに授乳していたような記憶があります。
とにかく、寝れなかった。。。
だけど、ひとりめだったこともあり「こんなもんなんだ。まあ赤ちゃんは可愛いし、いつか終わることだろう」「せっかく授かった子なんだから、愚痴をいったらかわいそう」と思い、我慢していました。
旦那は普通のサラリーマンをしていて、定時には帰ってくることがほとんどでした。
家事も育児も協力してくれていました。
「こんなに旦那が手伝ってくれているんだから、愚痴ってはいけない」とも思っていましたね。
娘の将来を思うと気が抜けなかった
一人目の子どもは、すべてがわからないことだらけ。
「全部完璧にしたほうがいい」と思っていました。
「娘がこっちをみているときは、ずっとみてあやしてあげないとかわいそう」
「テレビはみせないほうがいいらしいから、私もあんまりみないでおこう」
「今私が手を抜いたら、娘の将来にどう影響がでるかわからないからやれるだけのことはやろう」
いい母親になろうと頑張っていましたね。
あの子よりかはましと考えていた
娘とおなじ病院で1日違いで生まれた女の子のママと友達になったので、よく連絡をとったり、会って話したりしていました。
その女の子は、泣く声がめちゃくちゃ大きくて、夜泣きもひどいと言っていたので、「うちの娘はまだましだ。」と思っていました。
だから「愚痴るほどじゃない」と思っていました。
かといって「育児楽しい!」という人も嫌いでした。
高校時代の同級生の友人に、娘より数か月前に女の子が産まれていたのですが、その友達が「育児が楽しくてたまらない!」と言うのを聞くたびに「嘘つけ!」と心の中で思っていました。
インスタのキラキラ投稿も嫌いだったので、みないようにしていましたね。
その頃、ツイッターをしていなかったのですが、育児中の母たちは何をつぶやいていたのかなぁ。
ツイッターやっときゃよかったなぁ!
イヤイヤ期に爆発しました
娘が1才になり仕事を復帰をして半年くらいたった頃から、娘のひどいイヤイヤがはじまりました。
その頃に、「育児大変すぎ。もう無理や。。」と思いましたね。
娘に怒ったときには「もう、お母さんやめる!でていく!」といったこともありました。
いろんな人に助けてもらうし、愚痴もいう
完全に育児に白旗をあげてから、ちゃんと相談に乗ってくれる保育園に転園したり、ママ友に愚痴をいったりできるようになりましたね。
旦那が土曜日に仕事のときは一人で娘といるのが嫌だったので、旦那の実家にいったり友達と約束をしたりして、ひとりで子どもをみる時間を減らしました。
「自分はいいお母さんにはなれない。けど、それなりにがんばる。」というやりかたに方向転換しました。
子どもは勝手に成長することがわかった
娘が大きくなるにつれて「親の頑張りしだいで子どもの将来がどうなるもんでもない」ということがわかってきました。
「子どもの生まれ持った資質」と「子ども自身の経験」が、子どもの人生に大きく影響していくんだなと。
これは、子育てを4年くらい経験してみないとわからないことでした。
娘が「親はべつにしっかりしなくてもいい。いいお母さんにならなくてもいい」ということを身をもって教えてくれました。
愚痴を言えるお母さんは素晴らしい
Twitterをみていると、愚痴を言えるお母さんがいっぱいいます。
それってすごいことだと思うんです。
自分の中に貯めないで、外にだしていけるということは、リアルでも他人に助けを求めることができるし、いい母親になろうとしていない!
素直な一人の人間として、育児をしている。
いい恰好をしようとしていない、いい母親、完璧な母親になろうとしていない。
それは子どもにも自分にも嘘をついていないということです。
なかなかできないことです。
めちゃくちゃ腹が立つのも我が子。
めちゃくちゃかわいくてたまらないのも我が子。
親になって「感情を振り回されること」に疲れた日々もあった。
今はだいぶ慣れた。— ちゃちゃこ@正直クソババアお母さん (@shinkontosa) December 19, 2017
育児は、自分が今まで蓋をしていたことをほじくりだされるほど大変なことですが、自分自身をみつめる、自分の生き方を考え直すことができることです。
逃げられないからこそ、がっぷり四つで自分にも子供にも向き合える時間です。
愚痴れるお母さんは、自分とちゃんと向き合って自分の無力さもちゃんと知ってる。だからすごい。
2人目はどこまで手抜きできるか挑戦中
息子には悪いですが、手抜きしまくっています。
それは手抜きをしても息子がちゃんとかわいい子に育っていくことを知ってるから。
それを教えてくれた娘、本当にありがとう。