「もうちょっと「雑」にいきてみないか」をレビュー”雑が人間の生き残る道”

こんにちは、正直クソババアめっちゃ雑ブロガーちゃちゃこです。

私めちゃくちゃ雑です。

娘に「おかあはほんと雑やねぇ!」としょっちゅう言われます。

どんな時にかというと、
①お風呂で娘の髪をあらうとき、ふくとき(雑にふくから痛いらしい)
②一緒に料理するとき「まあいっか」といろんなことを適当にやります。

まあ、他にもいっぱいありますね。

これ、昔からなんです。

いろんな大人に「不精するな!」と言われながら、そのまんま生きてきました。

コンビニのバイトをしていた頃、おつりがいつも合わなくなりました。

生粋の「雑さ」なんですよね。

「雑」じゃない人への憧れもありました。

ミスなく丁寧に何事もできる人への憧れはありました。

一応、挑戦してみるんですが、無理なんですよね。

すみません、そういう性格のようです。

でもこの本の中に書かれていました。

「雑」な人は「多様性」を認めている

たまに雑な人を見ると、「よくできるなあ」と「なぜ平気なんだ」と思ってしまいます。羨ましさではなく、理解できないという拒否感すら持ってしまいます。

雑な人たちだって、べつにまじめさを否定しているわけではありません。

基本的にまじめなことはいいことだからです。どんなに雑な人でも、まじめになるときがあるからです。

つまり、雑になれる人のほうが多様性があるし、寛容だということです。

雑になれない人ほど、自分の人生を狭い範囲でしか描けなくなっていくということです。

雑になれない人!!!心当たりはありませんか????

「雑な人」は「雑じゃない人」を認めているんですよ。

「雑じゃない人」も「雑な人」を認めてくれたら、もうちょっと生きやすくなりますよ、きっと。

寛容な社会にしたいならこの発想は大事

私はこの本の中で、この部分が一番大事なポイントだと思ったんですよね。

「こうあらねばならない」という人ほど、人をマウンティングするし、タブーが多い。

一言で言うと「そういう人といると疲れる」んですよ。

「無添加のモノしか食べない」と決めている人って、私はすみませんが、はっきりいって近づきたくありません。

「無添加のモノを食べること」は体にいいことだとわかっていますよ。正しいことをしていることはわかっています。

私もたまに食べたくなりますし、食べておいしかったら嬉しいし、いいことをした気分になります。

「そこまで徹底してて偉いなぁ」とすら思います。

だけど、近づきたくないんですよ。

きっと食べモノだけじゃなくて、いろんなことにタブーが多そうじゃないですか。

なんか、ちょっとしたことで怒ったり、拒否されそうじゃないですか。

いいことしてるかもしれないですけど、寛容じゃないですよね。

「正しい人」より「雑な人」のほうが、一緒にいて楽です、私はね。

育児なんて雑じゃないとやってられない

育児なんて、きっちりやってたら気が狂いますよ。

こどもなんて、汚いし、正論が通じないし、常識なんてないし、相手の気持ちなんて考えずに好き勝手やりますからね。

「時に正しさは凶器になる」

いや、ほんとそうなんです。

私はだから母親たちが好きです。

真面目だった人も、子育てするとかなり寛容になるんですよね。

「もう命さえあったらええやん!」という極論までいっちゃうくらい、育児をしてると自分の正論なんてちっぽけなことに気が付きます。

そうなると、子どもだけでなく、「いろんな価値観の他人」を認められるようになってきます。

そのほうが、みんな生きやすくないですか?

AI 時代は「人間の取り柄は雑になれることしかありません」

この発想、笑いました!

AI時代がもうすぐそこまで来てるとしたら、人間の雑さがたのしくなっちゃうんですって!

それありますよね。

完璧なんてAIに任せて、人間は遊んじゃお!わざと間違っちゃお!

楽しい、、、長生きしたいっす。

正解を探す人生は苦しい

「なんでもできる」とか「できなくちゃ」という気持ちがあれば、一つの取りこぼしも許されないと思ってしまいます。

勝ち負けにこだわることじたい、白黒の決着にこだわることですから、マシという中途半端な選択肢が選べなくなります。(中略)

負けても平気な人のほうが、あなたよりもっと、人生の大切なものに気がついていることだってあるのです。

いつも苦しんでいる人は、こういう発想の人が多いですね。

そりゃあ苦しいでしょうね。

しんどかったらもう辞めたほうがいいですね。

「不完全さ」こそが人間の魅力なんですから。

ビバ、雑!

本屋さんでみつけて何気なく買った本ですが、読んでみると衝撃作でした。

この本を書いた和田秀樹さんは精神科医です。

雑になれないあなたが雑になってみるというのは、そのわからないところに踏み出すということです。いい加減は許されない、期待は裏切れない、わたしはできるはずだというすべての思い込みを、いった全部、放り投げてみるということです。

これは勇気が要ると思います。ここで最後の雑になれない人の特徴を書きますが、じつは臆病な人ということもできるのです。臆病だから手を抜けないし、負けちゃいけないと思ってしまうのが雑になれない人です。

その臆病の壁を破ろうと思ったら、「じゃあ、手を抜いてみるか」「じゃあ、ボロ負けしてみるか」と腹を決めるのがいちばんです。

実は私も、若い頃、仕事はきっちり真面目にやっていたので、周りの雑な人をよく責めてました。

だけど、人生で大きく負けて、「自分は大した人間じゃない」と自覚してから、周りを責めなくなりましたね。

真面目で苦しんでる人の気持ちもわかるし、雑でずるい人の気持ちもわかるようになりました。

他人に寛容になると、自分にも寛容になるので生きやすくなりますよ。

雑な人もそうでない人にも絶対に読んで欲しい良書でした。

和田先生と、いつか対談してみたいです。

書評記事はよく読まれてよく買われてます↓↓

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