誕生日に「おめでとう」と言われてもいまいちピンとこないんですが皆さんどうですか。

1月23日、38歳になりましたー!

いえーーーい!

でもさ「おめでとうございます!」って言われてもいまいちピンと来ないんだよね。

まあ、誰かに「おめでとう」なんて普通に生きてたらめったに言ってもらえないから「おめでとう」と言ったり「おめでとう」と言ってもらっりするきっかけにはなる。

「1年間無事に生きれておめでとうございます」なんでしょうかね。

生まれたことはめでたいがもう十分祝いきったのではないか

お母さんのお腹の中からでてきたのは、すごい。

めでたい、実にめでたい、よくがんばった。

もうでもそのめでたさは、十分祝ってもらったと思う。

28才くらいからもう本当に誕生日が何がめでたいのかわからなくなってきた。

「誕生日だからめでたい」という単純な図式だけではもう祝ってもらうのは違和感が出てきた。

命がけであの日産んだ親は偉いと思う

こどもが生まれてからは「子どもの誕生日は母親を祝うべきではないか?」と思うようになった。

母親はこどもの誕生日に「命がけでこどもを生んだ時のこと」を絶対に思い出す。

痛かったことを思い出す。

生まれてきたときの気持ちを思い出す。

 

私の母親も多分そうだろう。

母親から「誕生日おめでとう」とメールがきたけど、祝われるのはあなたではないかと思うのである。

「あの時命がけで産んでくれてありがとう」と思うが、恥ずかしいので言わない。

欲しいもの、お祝いは1年中したいときにすればいいではないか

何もない日常の中で「おめでとう」と言われ、何かもらえたりする日なのであれば、私は1年のなかでもっといいタイミングがあると思う。

私ならブログで最高PVを記録した日や、何かがんばって記事を書いた日や、Twitterフォロワーが1万人になったりしたら祝いたい。

最近うれしかったのはこれだ👇

なによりも嬉しい。特にご褒美はいらない。

言葉だけでご飯3杯おかわりできるくらい嬉しい。

こういうことがあると、生きる力が湧いてくる。

誕生日に「おめでとう」と言ってもらうより100倍は確実にうれしい。

他人を祝いたい気持ちはある

でも他人を祝うことは自分も満たされる。

誕生日以外にも、他人を祝っていいじゃないか。

いいことがあったら祝いたい。

いいことがあったら教えてほしい。

「おめでとう!」とたまには言いたい。

まあでも1年生きれてよかったよ

誕生日は区切りになるよね。

自分の中の区切りがつきやすい。

1年を振り返るきっかけになる。

1年間よくがんばったと思う。

とくに37才の1年間は本当によくがんばった。

1年前とはまったく違う世界がみえている。

きっと38才もがんばると思う。

そんでまた違う世界がみえてくると思う。